2011年5月2日月曜日

原子力のこれまでとこれからを問う(PART1):小出裕章氏より

 「原子力のこれまでとこれからを問う」のPART1をいま見終わった。時計を見ると 5/2 2:00なのだが、目も覚めてしまった。しかし何よりも「神保哲生・宮台真司+小出裕章氏」のこの対談は、頭のどこかで燻っていた謎が解けるような気がして素晴らしい内容だった。だから今すぐにでも考えた事を整理しておきたくて、この文章を書くことにした。

 簡単にこの対談の内容と趣旨を説明すると、今までの記事は福島原発の状況等だったが、今回のテーマはそもそもの原子力とはというテーマで、PART1は小出氏が原発に反対するきっかけ~今までの経緯。そして何故日本はこれまでずっと原発を続けてきて、そして今も続けようとしているのか? という話がメインだった。 少しでも興味がある人はぜひとも見てほしい。

 私がこの対談の中で一番に印象に残ったのは、小出氏が、次のような内容を語る部分である。

 「私はずっと長い間原発を止めようとしてきた・・・だが、実際に福島で事故が起きても・・・まだ原発を続けようという人がいる。その事に、絶望すら感じる・・・」
 (注:要約です。正確に言葉を書き起こしたわけではありません)

 これは、まさに今の私も考え、悩み、そして同じようにやはり絶望的な気分になった。


 私は小出氏のように40年ずっと原発に反対していたわけではなく、福島事故が起きるまでは原発というものを良く理解してなかった。危険なものだとは解っていたが、必要悪だろうとぐらいにしか思ってなかった。だが実際に事故が起きてから、色々とネットで調べたりしているうちに、まったく違う事がようやく解った。

 対談の中でも出てくるが、原発は必要悪どころか、完全悪といって良い。利用に合理的なメリットは存在しない。経済的メリットはなく、埋蔵量も少なく代替エネルギーとしての将来性もない、廃棄物にて環境を汚染する、CO2削減効果も怪しい、もんじゅのような高速増殖炉はトラブル続きでありテクノロジーとして今後の見通しもない・・・etc、挙げればきりがない。また、今すぐ日本の全原発を停止しても、電力供給は火力発電により供給かのうであり、そもそもたいして必要でも無かった・・・と言ってもよい代物だ。

 しかも現在継続中の福島事故のダメージや危険度、リスクはけた違いに大きい。日本のような狭い国土では、容易に国家が存在しえなくなるダメージを与えかねない。私は関西に住んでいるが、正直いまほど自分の命が天秤にかけられる思いを味わった事はない。

 だが、それでも政府や東電は原発を止めようとはいわない。与謝野大臣などは、まだまだ積極的に推進するような発言すらしていた。

 これはまさに、小出氏が言っていた絶望感そのものであり、私も感じた絶望感だった。政府も、それを止めようとしない電力会社+マスコミ+官僚+財界+α・・・。本音を言えば、原発を続けようという彼らと、もう止めてくれと思う自分と、いずれが狂人なのか解らない。そう思う事もあった。


 対談の後半では、これらの「何故いまだに原発を続けようというのか?」という、問いについて小出氏+神保哲生・宮台真司らの話が行われる。内容を私なりに要約すれば、以下のようになる。

 そもそもの歴史的な経緯からいえば、1960年代ぐらいまで原子力という新しいエネルギーに世界中が期待した時があった。だが1970年の後半ぐらいから、世界では原子力のリスクに気がついて、だんだんと新たな原発は作られなくった。アメリカは典型的でスリーマイル以降は新たに原発が作られる事は無かった。だが日本だけは先進国が引き気味になったあとでも、推進をつづけた。
 おそらく日本がこだわったのは、原子力というエネルギーよりも「核」という力を持ち、世界の一流国になるという願いがスタートだったのだろう。だが研究が進んで経済的な合理性が無くなっても、止まることはなかった。

 考えられる理由は、日本の国家や先例に追従しようという文化的なもの。そしていつしか出来上がった巨大な利権。元々の目的はとうの昔に消滅して亡霊のように実体はないのに、外枠だけが利権か先例かいつのまにか固められて身動きが出来なくなったのかもしれない。・・・このような話が出てきた。
 
 きわめて異常な、だが日本ではよくみかける問題なのかもしれない。無駄だ不要だと判っていてもいても廃止できない特殊法人や、無意味と承知の先例主義、身近でも、そしてニュースでも、たびたび耳にするような話ではないか・・・。


 対談を全体通して聞くと、ああそうなのかと、自分なりには随分と納得できました。 最後に1点だけ、私の意見を付け加えるとすれば、

 なぜ止められないかと言えば、それは「勇気」がないからである。間違いを認める、もう一回やり直す、決断する、それら全てに共通するのは勇気である。例えば「アジャイル・プラクティス」に関する、どんな書籍を読んでも、最後にでてくるのは「勇気」であり、私もそう思う。

 子供が見てもわかるような、間違ったことを延々とつづけようとするこの国は、あるいは世界で一番臆病なのかもしれない。


補足:
・3.11までは、原発事故があったとしても、原爆1個が爆発するよりは小さい・・・程度を私はイメージしていた。だが実際には使用済核燃料までが残っている関係で、原爆で換算すれが数千発?(正直想像がつかないが)規模の放射能を撒く事になる。もう国家レベルではなく、間違いなく世界レベルの災害である。

・私は原発については廃止論者ですが、現在もなお福島で事故にとりくむ作業員の方々には頭が下がります。いまだに日本がなんとかあるのは、過酷な中でも逃げずに立ち向かっている彼らのおかげです。

・ですが、東京電力の責任は徹底的に追及されるべきと考えています。福島原発は人災であり、東京電力の経営陣、及び原子力保安院などの関連各所は責任を問われるべきだという事は追記しておきます。

<参考>
・原子力のこれまでとこれからを問う ゲスト(PART1):小出裕章氏(京都大学原子炉実験所助教)
 http://www.videonews.com/on-demand/521530/001858.php

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