2011年7月29日金曜日

ちょっとオカシイだろう日本人、「道連れ思想」というもの

  3.11の福島原発事故とそこから始まる放射能汚染の問題、さらにはTwitter監視をエネ庁が発注して東電の勝俣会長が理事の会社が受注するという事実。いくら利権とはいえ、ちょっと頭オカシイだろうと言いたくなるような事ばかり続くが、こういった細かい記事の話は他の人もさんざん取りあえげているので、ちょっと視点を変えてこういった事を生み出す思考や考え方について、思った事を記載する。

 たまたま記事を見ていて腹が立ったのが「海江田が答弁中に泣いています(衆院 赤澤亮正110729」の動画で、どこが腹が立ったかというと「赤澤議員」が最初に、海江田大臣に、”今日も手のひらに忍の字を書いてきたか”という冒頭のくだりである。そして以降の、ひたすらしつこく海江田大臣に、いつ辞めるのかと問い続けるシーンである。

 まず誤解が無いように先に述べるが、私は海江田大臣は好きではない。むしろ官僚の言いなりで利権を守ろうとする”最低な政治家”だと思っている。泣こうがどうしようが、そんな事には興味はない。何に腹がたったかというと、「忍」の文字がどうだとか、「大臣の気持ちをお察しします」だとか、こういったくだらない事をダラダラと述べる「赤澤議員」であり、動画を見ている瞬間には、彼が現在の日本のダメな政治家、ひいてはダメな大人を代表しているように思えたからだ。

 わざわざ国会のようなパブリックな場で、本題に関係ない事をネチネチと言い続けて得意になる愚劣さも腹立つが、それよりもこの非常時がつづく時期に「さっさと仕事しろろ」という思いと、「ダラダラ何やってんだ」という気がした。そしてこれが普通だという空気で続く、国会という場は、本当にダメな連中によるダメな会議だとつくづく思った。こんな連中しかいないのだから問題解決などするはずもない。


 もう一点今日みた記事でひっかかったのは「森ゆうこ議員を囲む会」で話題にでた、福島からの自主避難民に対する話題だった。危険を感じて自主的に逃げた人々に対しては公的な支援は皆無に近い、むしろ妨害したり、一人だけ逃げだして的な嫌がらせ的な話も、今までなんどもネット上で目にした。この自主避難民についての差別というか嫌がらせという仕打ちは、毎回話を聞くたびに腹が立つ。理由は、これが「最も日本人のダメな所」が顕著に出た事例だからだ。

 ちょっと前に「人命軽視の国」でも書いたが、時々どうしても私は「日本人は頭がオカシイのじゃないか?」と思う事がある。チマチマとした細かい気配りをする割には、時にはとても残酷な仕打ちをする。その根本になる思想が「人命軽視」で、さらに根っこが「個人」を尊重しないからだと私は考えている。
 
 福島県内みたいは高被爆地帯から脱出する人に対して、どうして残る者たちが「達者でな」の一言ぐらい言えないのか? 今の日本はまるで全員が沈没船の中から逃げようとしている人の足の引っ張り合いをしているように見える。逃げる奴を止めたところで自分が助かるわけではない。それならば、せめて逃げる奴を黙って見送ってやればいいではないか。それができない日本人には、足を引っ張り合う「道連れ思想」とでもいうものがあるとしか思えない。 

 私が今危惧しているのは、その道連れ思想が、秋には汚染米を混ぜて平等にした状態で出荷し、国民を平等に被爆させる事につながることである。誰も責任を取らず、他人の足をひっぱる事しかしない連中。おそらく彼らは最後まで意味の無いチキンレースを続けるだろう。報道だけを見ていれば、この国にはまともな大人はいないんじゃないかとすら思えてくる。

 いい加減、情緒や思いやりやとかいう言葉の誤魔化しを止めてもらいたい。現実をみて責任ある大人としての対応をするべきだ。現実世界でこの事態を解決し、なんとか被災民を救おうとすれば、残酷な決断をしなくてはならない。そして残酷な決断をした十字架を背負っていかなければいけない。答えは最初から誰にも解っているが、ずっと誤魔化しているだけなのだ。

 
 最初からずっと解っていた答えは・・・・次のようなものだ。
  • 福島県を含む広範囲の人々を強制避難。100年程度は戻らない覚悟で行うこと。
  • 各地からの汚染物質を福島原発の周辺に集める。
  • 汚染地帯での農業、水産、畜産などは全てストップ。汚染食材の流通を止める。
  • 汚染されてない食材が不足するならば、女子供から優先に汚染の少ない食材を提供する。
  • 原子力は全て停止させて火力などでとりあえずは電力を補う。

 汚染を止めて廃棄物を処理する為には、福島周辺を切り捨てざるを得ない。土地ではなく人を救う事を優先しなければならない。それに日本の現状では、原発みたいな高リスクな施設を管理できるような余力も能力もない。原発継続して電気代を値上げする余力もない。将来起こる致命的な健康被害や世代を超えて累積すると考えられる遺伝的な被害を止める為には、無理矢理でも人々を逃がさなければならない。例え経済破綻しようが、失われた信頼を取り戻さなければならない。


 これはきっと誰もが最初から解っていたはずだ。だが「被災地を見捨てるのか」、「農家の気持ちを考えろ」、「一人だけ逃げるのか」といった感情的な意見に終始し、結局だれも決断しない(責任を取らない)でここまで来てしまった。

 
 第二次世界大戦の時代、日本の愚劣な将校たちを止めたのは敗戦という事実だった。だが今は都合よく日本を止めてくれる外圧などは存在しない。自分たちでこの事態に決断をしなければ、今後は失われた10年どころではなく、国すらなくなるだろう。


<参考>
・海江田が答弁中に泣いています(衆院 赤澤亮正110729)

・森ゆうこ議員を囲む会

・情緒的報道文化がもたらしたもの

・記事監視:エネ庁が08年から 今年度はツイッターも対象

・映画「タイタニック」と原発事故

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