2011年10月1日土曜日

英才教育×学習塾×新卒採用とは?

 「英才教育×学習塾×新卒採用」って意味があるのか? という疑問がずっと昔からある。時々ふと思い出して考える事があるが、結論としてはどうしても合理的とは思えない。例えば、次のような疑問がある。

1)英才教育
 人より数年早く、使うかどうか解らない知識をむやみに頭に詰め込む事が何故必要なのかが解らない。それに子供の柔軟な思考や能力を、単純知識だけを埋め込んでむしろ才能の目を刈り取っているんじゃないかと心配になる。むしろ音楽とか運動とか感性や感受性を磨くような教育に力を注ぐべきではないかと思う。ちなみに本当に英才教育で意味があるのはIQが桁違いに高くて飛び級を楽々してしまうような子供だけじゃないかな。一般の子供にはむしろマイナスではないのかと思う。

2)学習塾
 私は個人的には学習塾はこの世にほぼ無用だと思っている。学校でさぼって、わざわざ放課後に無駄な時間つかって塾に通うのは、本当に時間の無駄だと思うし、エネルギーの使い方が違うと思う。そもそもは1)英才教育と同じで、重要なのは最終的にたどり着くレベルや質であって、他人より1年や2年早く覚えるだけの学習などまったく意味がない。もっと人間の能力を幅広くとらえて開発すればいいのにと思う。

3)新卒採用
 大企業はいまだに新卒にこだわるらしい。よって就職浪人で大学に残る学生がいるそうだが、これが上記1)、2)をさらに輪をかけて馬鹿げた話だ。新だろうが旧だろうが能力があればいいだろうと思うのだが、なんでこんな変な制度があるのだろう。私的な意見だけをいえば、新卒で社会を知らない新入社員を一から教育するのは本当に大変で、個人的にはむしろ中途採用のように一回社会人やって失敗してリベンジをかけている人の方が好きだし、教えやすい。この制度は本当に合理性がわからない、処女崇拝とかと同次元の話になるのかな? 
 ちなみに就活のせいで大学生の学力が低くて話にならないという話や記事はたまにみかける。大学にいってもあんまり教養が身に付かないという、寒い現実があるのだろう。


 こうして文章にしてみても、やっぱりこのトリプルコンボは無意味で、どっちかというと有害なのじゃやないかなと思う。いったいどんな想定をして、最適化した結果がこうなったか知りたいと思う。想像すると次のような暗黙の前提があった場合に有効なシステムなのかもしれない。

   * 日本に永住する、もしくは日本企業に勤める
   * 転職せずに終身雇用のレールに乗る
   * 公務員、もしくはそれに準じるような安定が見込めるような大企業に勤める

 上記の前提を満たす場合には、このトリプルコンボを踏まえて人生設計すると有効なのかもしれない。少なくとも今までは有効に機能したから、成立しているのだろう。でも私からみると、これはけっこう細いレールでしんどい道のりのように思えてならない。敗者復活がないというか、潰しが効かない道のりだ。究極の体現者が官僚+天下りコースなのだろう。

 しかしこれでは日本の将来があまりに不安なので、私はむしろ次のような教育や採用基準をお勧めしたい。


   * 学生時代には何らかの職業経験(バイト)とかを最低いくつか経験している
   * 音楽、絵画とか、とにかく美術的なセンスを磨いておく
   * スポーツ、武術、登山でもいいが、肉体を鍛えておく。
   * 創造スキルを磨いておく、美術・文学・制作でも、とにかく新しい物を生み出す力がいる
 私が理想と思う教育は、たとえばこんな感じ。

 小学生ぐらいから武術+音楽をまなばせる、中学ぐらいから小説書くとかなんか工作で機械を新たにつくるとか創造的な事をやらせる、高校ぐらいから1年ほどアマゾンでもサハラでもいいがサバイバル生活をした経験を持たせる、大学ぐらいで基礎学習をみっちりとやらせる。こういった教育をすれば、なんかすごい人材が沢山うまれそうな気がしないだろうか?

 べつに上記は時間をかけてもいいし、不十分だと思ったら小学校からでも留年してむしろじっくりとやるのがいいと思う。ようは教育は時間を競うのではなく、中身や質をあげることに注目すべきだ。そもそも勉強は社会人になってからも一生続く物とかんがえて、若い時からあんまり焦って詰め込む必要ないだろう。それよりは、むしろ地力をあげる為のセンスや体験を増やすような教育が必要だと思う。

 私としては普通に考えれば、こういった教育がいいと思うのだけど、実態としての日本ではまったく逆の方向で進んでいるように見える。あるいは過去に安倍総理とかが言い出したように愛国教育だとか、また違った話がわいてきたりもする。

 しかし今までに文部省なりがやってきた内容をみれば、結局のところ日本の発想というのは工業製品を作るようなノリで、いかに平均的な人材で不具合や欠品を減らすことだけに注意しているのと同じだと思う。それじゃあ世界に遅れをとるよ、と危惧するのは私だけではないと思うのだが・・・。

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