2012年3月18日日曜日

TVは馬鹿が見るもの

 私はTVが嫌いだ。しかし昔からそうだったわけではなく、徐々に嫌いになって、いまでは家でTVをつける時間がほとんど無くなった。見ている番組と言えば、海外発信ニュース、科学ドキュメンタリー、映画などといった限られたもので、録画でたまに見る程度である。しかし、自分でも何故これほどにTVが嫌いなのかが良くわからないでいた。

 最近のTVはつまらない。この事についてはわりと世間一般で常識化していて、友達や知人と話をしていてもだいたい同じ見解だ。しかしそれでも、家にかえればBGMがわりにTVをつけているという人の方が多い。それと比べれば私は、BGMにするのも嫌なのでスイッチすらつけない事が多い。つまらないとして無視もできなくて、存在すら何故か腹が立つというレベルだったからだ。そして何故そこまで嫌うのかがうまく自分でも説明できずにいた。

 だが最近ふと、その原因が分かった。ちなみに私はAKBも嫌いで、なぜこんなにAKBが嫌いなのか、関連する記事やTVなどを見かけるといやな気分になるのかと考えていた。そしてようやく理由が判った。そして私がTV嫌いなのも同じ理由によるものだと解った。

 解ってみれば単純なのだが、AKBの販売戦略というのは、大量に広告をうって、色んな所に出て、しつこく何度も刷り込みのように売り込むものだ。そして彼らがやっている内容といえば、エロネタでもスキャンダルでも何でもいいから注目さえ惹けばいいというもので、本来の娯楽性も、ましてや芸術性など欠片も無い。
 つまり簡単に言えば、彼らは「視聴者が馬鹿である」という前提に立って全てを企画している。そして、おそらく私は無意識的に「勝手に馬鹿と決め付けるな」という反感があって嫌っていたのだ。これによって、同様に私がTVを嫌っているのも、主要メディアの報道を嫌うのも理由が解った。彼らは、暗黙の前提として「視聴者は馬鹿である」という仮定にたっており、たいていは問題の内容を歪めている。

 そうして考えると、普段私が目にしているいたる所で似たような状況があるような気がする。官僚は国民を馬鹿だと仮定しており、ゴマカシに満ちた提案や小細工のみを行っている。政治家も同様で、言質を取られないように曖昧な目標や具体性のない事ばかりを語る。そしてメディアも同様に、それらを左から右へそのまま垂れ流すか、あるいはお茶を濁すような報道をして終わる。

 しかし、では本当にこの国に賢いと呼べる人がいるのだろうか? という疑問がわいてくる。大上段から相手を見下ろしている彼らも、始めは確かに馬鹿に向かって、馬鹿に合わせた会話をしていたのかもしれない。だがいつしか、馬鹿話ばかりしていたせいで、まともな話をする能力が失われているのではないだだろうか? あるいはもともとまともな能力など無かったのかもしれない。

 だから、私が提案するのは、みんなでTV見るのを止めましょうという事だ。少なくても節電にはなるし、馬鹿向けに作られた番組を見る人が減れば、つまらないTV番組/TV局も淘汰されて減るかもしれない。また同様に大手新聞(全国紙)も読まないようにすれば、多少はメディアも淘汰されて良くなるかもしれない。はっきり言って現在の日本の新聞は読む価値が無い。中立性もないし、記事の中身もない。当たり障りのない事か、スポンサーに配慮した事か、お茶を濁した記事かのいずれしかない。正しい情報を得るよりも、むしろうっかり誤った知識を植え付けられる害の方が大きいのじゃないかと最近では思っている。
 いずれにしろ、次の点だけは自信をもって言える。

 TVは馬鹿がみるものです。そういう前提で番組は作られています。だから、貴方は見る必要はないのですよ。

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