2012年10月7日日曜日

良い仕事とは、たいてい地味なものだ

 良い仕事とは、たいていが地味なもので目立たない。だから本当の意味で評価される事もあまりない。

 どういう事かというと、仮に3人のマネージャーが存在して、それぞれ高め難易度のプロジェクトをまかされていたとする。

 Aマネージャー>
  凡庸なマネージャーで事なかれ主義。たいして良くも悪くもない。

 Bマネージャー>
  Aとさほど変わらない能力だが、逆行になってからの粘りと謙虚さがある。

 Cマネージャー>
  優れたマネジメント能力と先見の明があるマネージャー。

 そして上記の3つのプロジェクトは下記のように推移した。

<Aの結果>
 事なかれ主義なので、途中で挫折する。どうにかこうにか調整能力を発揮して対処するが、あまり良い結果とはいえず。プロジェクト的には明らかに失敗。

<Bの結果>
 Aと同様に途中で挫折するが、持ち前の粘りと謙虚さで失敗に気付いて、なんとかプロジェクトを持ち直す。迷走はするが、結果としてはなんとかプロジェクトを成功に導く。

<Cの結果>
 持ち前の先見の明で事前に問題を回避。たいしたトラブルもなくプロジェクトを成功させる。


 上記のような結果がでたとき、果たして各マネージャーにどのような評価がされるだろう?

 世間一般では、たいてい評価されるのはBマネージャーとなる。Aは凡庸だから当然の評価されないが、Cもあまり高い評価は得られない。どうしてCが評価されないかと言えば、Cの先見の明は、Cマネージャー以外の他者には理解できない為に、プロジェクトが成功しても運が良かったとか、難易度が低かったのだろうと思われるからだ。

 これは凡人には天才のやる事が理解できないというのと同じ理屈だ。世間の大半が凡人である以上、認められるヒーローは凡人の中から選び出される。まあこれは多少釈然としないがよしとして、しかし最も問題なのはCが評価されない事により、Cのスキルや仕事が他に継承されない事である。Cは持ち前の才能を元に、新たな手法や優れたチェック方法を考えだし、これが取り入れられれば次の全員がやるプロジェクトでは成果が得られるはずだが、凡人には理解できない為に継承される事はほぼない。
 おそらく、優れた先人が築いた優れた手法が定期的にロストして再発見を待つのはこのようなサイクルがあるからだろう。そして最悪なのは、評価されないCがいずれは凡庸なマネジャーになってしまう事である。(だって優秀な作戦を立てても、結果的に凡庸なみんなから反対されるのだもの・・・)


 これは昔から時々感じていたことだが、ここ1年ほどの日本の災害や政治や官僚の度重なる問題などを見てて痛いほど感じる。政治を例にすれば、民主党や自民党は凡庸なAマネージャーだろう。維新はAか、パフォーマンスだけのBマネージャーだろう。維新の仕事がたいした結果を出せるとは思えない。私達が本来望むのはCマネージャーだが、それに相当する人はいない。もしくは居ても埋もれてていて表に出られない、あるいはメディアで報じられない。本当に困ったことだ。良いアイディアを持つ人は居るのだが、結果として採用された試しがない。

 結論としては、飛び抜けて優れたリーダーを望む前に、一般の底上げをしない事には話にならないという事だろう。バカな連中がリーダーだけは優れた人が欲しいというのは過ぎた望みだ。(だって、居たところで、貴方達はリーダーに選ばないでしょう?)


 ちなみに、ここに書いたのは一般論ではない。もしも私達が身近な仕事を注意深く見ればいくつも似たような事例を見つけられる事だろう。だから政治と身近な仕事場での愚かさはだいたいにおいて比例している。私自身もソフトウェア開発の現場でなんども苦い想いを体験してきた。せっかく優れたアイディアや管理方法を考えても、それが全体に採用されるのは極めて稀だ。

 例えば将棋で3手先までしか読めない人は、5手先・10手先が読める人の打つ手を理解できない。結果としての勝利を見たとしても、その優れた打譜を理解できないので採用はしない。仮に勧められたとしても無視してしまう。解らないぐらいだから、成功の原因も解っていない。こうしてバカな作戦が繰り返されるわけなのだが、特に日本はこれが酷いような気がする。

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