2014年7月17日木曜日

「国民は馬鹿である」VS「我々はカモである」

思い返せば、去年に「TVは馬鹿が見るもの」という文をかいたのだが、最近のニュースで幾つか、政治家や官僚さらにはマスコミ側は「国民は馬鹿である」と思って行動しているのが、ありありと読み取れるものがあって、さすがにちょっとイラッとした。ゆえに似たようなテーマになるが、この点について書こうと思う。


まず一つ目にイラッとした事は「取材された難病少年も静かな怒り、日本の海外ロケの無茶」という記事で、世界的にも稀な奇病との闘病をつづけているミヒル君に対するテレビ局の取材で、苦しいながらもなんとかポジティブに行こうとする姿に不満で、なんとか「死に怯える不幸」の絵を取ろうと、ミヒル君に対して酷い態度で取材したという事だ。
細かい点は除くが、パワハラ面接的といえばいいのか、将来の希望を語る彼に対して、「でも、もうすぐ君は死ぬよね」的な言葉でインタビューに臨んで、最後には父親に怒鳴られたらしい。
(ちなみにミヒル君は本当に珍しい奇病で、他のイギリス・ドイツ等のテレビ局などから取材を受けたことがあるらしいが、日本のテレビ局のように不快な体験をした事はないという)

もう突っ込みどころが多すぎて困るぐらいなのだが、日本のテレビ局に対するこの件での問題点を明らかにしたいと思う。
1.少年に対する、残酷かつ無礼な振る舞いの数々
2.そもそも真実報道するつもりがない
3.そして視聴者は馬鹿だという過程を前提に行動している

上記1はわざわざ説明不要だと思うので省略するとして、2と3について説明したい。
「2.そもそも真実報道するつもりがない」と言うのは、仮にTVスタッフは取材に赴く前は「少年は悲嘆に暮れている」と思っていたとしよう。それは別に構わない。そして実際に取材すると、少年は苦境ではあるのだが負けずにポジティブに立ち向かおうとしている事がわかった。
私からすると、じゃあ、それをそのままTVに乗せればいいじゃないかと思う。いい話が聞けてよかったじゃないかと思う。そもそも取材前の想像と現実が違うことはあって当たり前のことだ。その為に、わざわざ現地まで取材に出かけているのだからなと。

だが彼れはそうしなかった、それが「3.そして視聴者は馬鹿だという過程を前提に行動している」という事だ。TV局のスタッフ達は、親切にも視聴者の知能レベルを気遣ったらしい。「苦境に立ち向かうポジティブな勇気」というような高等な概念は、日本の視聴者には少し難しくて理解できないかもしれない。もっと分かり易く「お涙頂戴の話」にしよう。そうすれば自分より不幸な人々が居ることをしって視聴者は安心し満足するだろうと・・・。

正直言って「これほど胸糞の悪い話」というのはそうそう無い。しかも、これだけ馬鹿にされながらも、いまだにテレビを見る視聴者が一定数以上存在する。だが、あるいは私は誤解しているのかもしれない。実はテレビの視聴者は高度な知性を持っていて、テレビ局側が仕掛けるあらゆる誤報を見破るという知的ゲームを楽しんでいるのかもしれない、いやあるいはその逆か? もはやこれらは、アメリカンジョークよりもブラックだ。


と言ったような事を考えているうちに、「社民ポスター「パパは帰ってこなかった」」なのだが・・・。いや社民党の言いたい事は分る。「集団的自衛権」について細かい理屈を述べるより、こうやって男は戦争で死んでいく未来になりかねないのだよと、イメージを伝えた方がきっとみんな分かるよねって、といった気配り。

でもこの言い方って、最初に挙げたテレビ局の問題と同じだ。大半の国民はちょっとでも知的な議論にはついてこれないから、絵でも描いてイメージ伝えないとむりだよねとか、つまりは「国民は基本的には馬鹿である」という前提に立っているのが露骨に伝わってくる。まあ、これにさらに輪をかけて、国民は数もまともに数えられないし、昨日の事も覚えてないよね・・・というような前提に立っているのが、現在の与党(安倍政権)なんだけども。


ここで私は一言いいたい「相手の事を馬鹿という人が、馬鹿なのですよ」と。確か小学校あたりで教わった気がする。そして、この言葉には真実があるようだ。相手の事を馬鹿だと仮定する人は、馬鹿を相手にする故にそれ以上進歩せず、少しずつ退化してやがて馬鹿へと至る。あるいは最初から馬鹿だったという事もあるかもしれない。あるいは「すべては馬鹿になる」とでも言うべきかもしれない。

いぜんにビデオニュースで「東浩紀(哲学者)」が、確かこんなような事を言っていた。
”政府や官僚達は、国民は多少愚かなぐらいが扱いやすくて丁度良いと思っていたのかもしれない。でも最近の若者の中には「AKBが最高の芸術だ」と思い込むような輩も出始めて、さすがにこれではまずいと思い出したのかもしれない”

この言葉に私も同感する。彼ら(政府や官僚達+企業家達)は、勤勉で余計な疑問を持たない扱い易い人材が、低コストで増えれば良いと思ってきて学校改革などを繰り返してき。(どこまで明確に意識してたかは別として) その方が、政治に余計な首を突っ込まれていい加減な仕事だと指摘される心配もなければ、マスコミにつられて期待通りに消費してくれるだろうと。

ちなみに私は、しばらく前にあった一時の「不倫ブーム」的なマスコミのあおりなどは典型だと思う。(最近はあんまりテレビ見ないのでしらないけど) ようは彼らはとにかく消費してほしいのだ。景気をあげるには、主婦だろうがなんだろうが、不倫でもなんでもいいから恋愛して、どんどん遊びにいって消費してくれればいいと心から願っていたのだろう。私はそれらを見てぼんやりと「ああ、ついに恋愛も露骨にビジネスになる時代がきたのか」と思ったのを覚えている。(同時に「他人事だとおもって適当な事ばかり言いやがって」とも思ったが)

そしてその長い彼らの成果が出ているのが、現在の日本である。見事に馬鹿ばっかりの国になったのではないだろうか? 馬鹿であふれた馬鹿の国。馬鹿のエリートが官僚に成り、馬鹿に選ばれたのが政治家ならば、もう、どこから突っ込んでいいのか分からない。原発ぐらい爆発してもおかしくはない。

ある意味、長い時間をかけて作り上げた究極の馬鹿が、現在の与党=自民党であり、安倍総理なのかもしれない。ゆえに彼らは手ごわい、馬鹿のエキスパートであるが故に、馬鹿を知り尽くしていて先導する術に長けている。その戦術は幼稚だが強力だ。

自分に都合の悪いことは忘れるかとぼけて徹底的に誤魔化し、相手のちょっとした揚げ足は徹底的に持ち上げまくり、そして国民がちょっと目を離したスキ(例:オリンピックとはワールドカップとか等)に密かに重要な政策を通す。

NTTやマスコミを恫喝または懐柔し、大手既得権益企業の要望は全部聞いたうえで、負担は全て国民に回す。それでもまだ足りない処があれば、紛争危機をあおって全員の目を外に向ける。なにせ、憲法すら守らなくて良いことにしたのだから、国内で彼らを縛るものは何もない。その気になればすべてやりたい放題である。都合悪いことがばれそうになっても、そこは抜け目なく準備しておいた「秘密保護法」がある。もはや無敵状態になりつつある。

だが悲しい事に、彼らがいくら無敵だと言ってもそれは所詮は国内においてのみである。例えば集団的自衛権などはアメリカへのごますりでしかないし、アベノミクスについても日本の経済破綻を止めることはできない。(なんせ目先の都合や思い付きでやっているだけだから、当たり前なのだが)故にこの馬鹿の楽園も永久に続くわけではない。
しかも性質が悪いことに、この馬鹿の国は核も持っているし、まだ世界第三位の経済大国でもある。馬鹿が勝手に沈んでゆくだけならいいのだろうが、また世界を相手に大騒ぎを起こす可能性は否定できない。


<余談>
そういえば、この前に「永続敗戦論」を読んでいて思ったのだが、安倍総理が代表するような日本がアメリカに対してやっている事というのは、いわば究極の「片思い」(しかも、ややストーカーチック)である。

アメリカは別に日本の事を嫌ってないのかもしれない。でも別に恋愛しているわけではなく、いわば「ビジネスライクに付き合おうよ」と言っている。だが日本側は「私だけを見てほしいの」といって付きまとい、色々と貢いだりする。(集団的自衛権とか) さらには嫉妬から他の女に焼き餅を焼いて、色々と邪魔をする。(中国、韓国への挑発的な行動とか)
そしてアメリカから「そろそろお前も自立しろよ」と言われても、そんな生活考えられないと駄々をこねるとか・・・。

といった感じで、恐ろしい事に片思いに例えると、日米関係がほぼ全て説明できてしまうような気がしませんか?

<参考>
・取材された難病少年も静かな怒り、日本の海外ロケの無茶
http://webronza.asahi.com/global/2014071400001.html

・社民ポスター「パパは帰ってこなかった」
http://www.asahi.com/articles/ASG7J5KFBG7JUTFK00V.html

・TVは馬鹿が見るもの
http://conversationwithimmortalperson.blogspot.jp/2012/03/tv.html

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