2015年2月7日土曜日

イスラム国という現象をどう捕えるべきか 〜それはアラブの大変革なのか?〜

 今からわずか4ヶ月ほど前に「イスラム国というアラブの大変革」という記事を書いたが、あのころは”まだまだ遠い出来事”という雰囲気でイスラム国に関するニュースはあまり無かったように思う。だが直近の人質事件(後藤・湯川氏)により今ではネット上でこの話題を見かけないぐらいになった。だいたいは安倍政権が有志連合に加わってテロ戦争に積極参加する意思を見せている影響だと思うが、メディアは概ね好戦的な意見が多いようだ。

 こういった状況なので私はあれから起こった事件や情報を元に、もう一度イスラム国という現象をどう見るかを考えてみようと思った。ちなみに以前に書いた「イスラム国というアラブの大変革」という記事の内容は、テロや残虐行為を支持しているわけではないが、現在の有志連合とはむしろ逆の視点で「カリフ制を復活させようとするイスラム主義者」は歴史の歪みから起きた必然ではないかという文脈で書かれている。
 果たしてあの視点は正しかったのだろうかを改めて考えてみたい。あの記事は論理的な飛躍があるのを承知の上で「自身の直感」に忠実に書いたものだ。だから飛躍が間違っていた可能性は十二分にある。よって私自身が過去の記事を見直してもう一回、現時点での考えをまとめてみたいと思う。


 ・・・と改めて読み返してみた。感想としては「あれっ、意外にまともな事を書いているじゃないか(笑)」というものである。勢いで書いた所が多いのでデタラメな事を書いているかと思ってたのだが・・。まあ新たにあった事件を元に色々と考えさせられたトピックを元に再検討してみる。

<着目したトピック>
 1)イスラム国による残虐行為がメディアで多く知らされるようになった。
 2)安倍政権が明示的にこの戦争に参加しようとしている
 3)ネット上で交わされる多くの意見について

 まず1)についてだが、正直この点はいまでも判断できない。というのは日本では情報バイアスがかかって実情を知りようがないからだ。もしも私がアラブ語と英語が堪能であったならば、ネット上に広がる色々な意見を見て実情を推測することができるかもしれない。だが語学力が弱い私にはそれはできない。それに既に戦争状態が継続している有志連合からの情報はバイアスが掛かっていると考えざるを得ないので、そもそも判断のしようがない。なので、やっぱりよく解らないとしか言いようがない。

 そして2)と3)なのだが、あれだけ多くの記事やニュースがありながらほとんど無いと言っていいぐらいに「自分自身の意見」らしい物を見かける事が少ない。むしろこっちの方が問題なのではないかと最近は思っている。どういうことかと言うと、政治家、知識人、メディア、ネトウヨも含めたネット民の意見はだいたい以下のいずれかのコピーにしか見えないという意味だ。
 (1)有志連合(アメリカ・ヨーロッパ)の都合で喧伝されている意見
 (2)安倍政権が戦争したいが為に作り出した意見
 (3)マスコミが煽っているゴシップまがいの意見

 はっきり言ってこんなものは意見や考えとは言えない。意見が正解か間違っているかではなく、そもそも自分の頭で考えているとは言えない。なのでこう言いたい「自分の頭で考えない奴がたとえ1億人居ようが居まいが特に意味はない」と。正直言って一部のサクラが煽る為に書いてますと言ってくれた方がよっぽど納得できる。
 ちなみに過去に「意見共有で「集団の知恵」が低下:研究結果」で、自分の頭で考えない人が集まった集団というのは個人よりももっと馬鹿になることを実験で証明したという記事があった。その事を思い出してしまった。


<結論>
 色々と考えたのだが、どうやら私の考えは以前とあまり変わっていないようだ。正確な情報が無い状態での考えなので、極めて直感や感情込みで判断した答えなのではあるが、それでもやっぱり私は世間で多く見かける好戦論は納得できない。
 
 こんな事を言うと笑われるのかもしれないが、私はこのイスラム国の存在というものを考えていると、どうしても「明治維新の長州藩」とイメージがオーバラップしてしょうがない。維新時の日本は諸外国からの屈辱外交で不平等条約に苦しめられつつ、植民地化されて奴隷扱いにされる事を恐れていた。その恐怖と怒りを糧に、最も熱血で暴走しまくりだったのが長州藩である。
 中には町民に対する辻斬り(度胸だめしとか)、あるいは革命の為にと強盗をしたり、ちょっとでも意見が違う者は国賊として暗殺したりとか、現在の常識で言えば無茶苦茶な事もあったそうである。だけども明治維新が成った事により長州藩は官軍になったので、そういった部分を取り立てて非難される事はない。
 なので私にはどうしもて「長州藩」「イスラム国」というのが良いとか悪いとかとは別に、似たような物に見えてしょうがないのである。(これは極めて心情的な意見であるのだが・・・)

 またマクロの視点で見た場合、有志連合がやろうとしている戦争というのは、とどのつまりはヨーロッパ+アメリカがやってきた植民地支配の構図にしか見えない。
 どうか考えて欲しい。イスラム国を叩く為に、軍事クーデターで民主主義を潰したエジプトを支援する、残虐政治を続けていたシリアのアサドを支持する、民間人を多く殺しているイスラエルを支持するといった事をどう考えればよいのだろうか?
 私にはどうしても大義があるとは思えない。結局のところは民主主義や残虐さ云々はどうでも良くて、今まで続いた植民地支配の体制を崩したくないだけにしか見えない。
 
 そしてもう一点、実際問題として考えた場合、この有志連合による戦争が良い結果を産み出すとは私には到底思えない。さっきの話の続きになるが、有志連合がアラブ諸国にやろうとしている踏み絵は次のような究極の選択だと思える。
<アラブ諸国に対する踏み絵>
 1)イスラム国側について有志連合に皆殺しにされる
 2)有志連合に従っておとなしく植民地支配を受ける
  ※汚職や政府側の残虐行為については我慢する事
 こんな選択肢は誰だって選べはしないだろう。ならば、結局のところは戦争は泥沼化するだろう。有志連合は無人爆撃機(ドローン)で関係ない民間人(女や子供)を大勢殺し、その絶望はテロとなって世界中を巡るだろう。なかでも最悪なのは「イスラム教徒 VS 先進諸国」のような対立に軸が移行してしまう事だ。もしもこうなってしまえば、本当に収集がつかなくなって、テロどころが世界中がどうなるか解ったものではない。

 ゆえに、まとめとしては私の意見は次のようになる。

1)日本政府
 有志連合から脱退する。軍事支援はどちらにもしない。やるとすれば立場を問わずない難民支援等の行為として参加するぐらいだろう。もしも積極的に和平を進めたいと考えるならばトルコと組んで対話の機会を諦めずに待つ事だろう。

2)有志連合に対して 
 もういい加減に植民地支配から手を引いたら良いと思う。これ以上に戦乱を起こす事はおそらくメリットはないはずだ。よって対話チャネルを閉じずに、なんとか停戦して秩序を回復する道を探すべきだ。

 要するに「テロリストのレッテル貼りを止め、地道に対話で停戦の道を開け」という事である。これは極めて困難だが、戦争で憎しみの連鎖を半永久的にやるよりは遥かにマシで可能性はあると私は思う。

<余談:安倍政権に対する考察>
 有志連合に入ったこと然り、イスラエルで挑発的な演説をして宣戦布告される事態然り、さらには報復宣言ととれる声明を出すこと然り・・・安倍政権は戦争まっしぐらである。
 だが本当に泣けてくるのが、戦争まっしぐらになる理由がアメリカへ媚を売る為だとしか思えないことだ。もしくは戦争で中東に日本の兵器産業を売り込む事がでかい利権になると踏んでいるのかもしれない。いずれにしても、国益とか国民生命を尊重してない事だけは間違いないように見える。ゆえに私は次の言葉を思い出していた。

 「私たちは侮辱の中に生きている」(永続敗戦論/白井聡より)

<参考リンク>
意見共有で「集団の知恵」が低下:研究結果
イスラム国というアラブの大変革

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