2015年10月18日日曜日

『プライベート』というエロティックな言葉

 最近ちらほらとマイナンバーについての話題を耳にする。そんな話題が出る度に、私は密かに
伊藤 計劃「ハーモニー」にあった一節を思いだす。それは概ねつぎのようなものだった。

「プライベートかぁ。なんて卑猥な響きなんだ・・・」

 マイナンバーという問題は、(1)システム的な問題、(2)プライバシーという大きな2つの軸がある。だが、世間での議論を見ていると、そのどちらもあまり十分な議論が熟成されているようには思えない。そこで今回は、大幅に脱線する覚悟で、そもそも「プライベート」とは何なのかという点について書いてみようと思う。


1.プライベート(個人情報/秘密)とは何か
 いきなり「プライベートとは何か?」と問うたところで、恐らく多くの人は一般論的な回答しか思いつかないだろう、私もかつてはそうだった。だが過去に、とあるテーマを考えていて、これはプライベートという概念を整理しないとどうしても説明できない事柄にぶち当たった事があり、それからは色々と考えるようになった。まずそこから話を始めたいと思う。

 過去に「売春を合法化した世界」というテーマで短編小説を書いた事があって、それに関連して「フリーセックス」や「性の商品化」(例えば援助交際等)の性のタブーについて色々と考えた時期があった。

 例えば「売春」という行為をビジネスとして考えれば、これは単に肉体を奉仕したサービスでしかなく、衛生面や安全面などがサポートされれば普通のビジネスとなる。そもそも他の肉体労働との違いが説明できない。土木工事はOKで、性行為はNGとしる理由が説明できない。
 それに、仮にそうなれば闇社会とつながって過酷な労働を強いられるや脅迫などの多くの社会問題を解決できる可能性があり、むしろ社会的にポジィティブな側面すらある。

 だが現実には「あなたは売春合法化に賛成ですか?Y/N」と聞かれて、それに即答できる人は少ないだろう。さらに迷いなく合法化賛成と言える人はもっと希少だろう。何かしらためらうのではないかと思う。

 かくいう私もそうである。理屈では問題が見当たらず、しかも売春を合法化した世界の小説を書いたにもかかわらず、それでも何か引っかかる物を感じてためらってしまう。だがそれがなかなかうまく説明できない。

 仮にセックスから生殖行為という側面を取り除くと、これは単なるスポーツになる。その考えを延長戦上におけば、フリーセックスという世界にたどり着く。別に結婚してようがしまいが関係ない、誰とでもセックスする事のどこが悪いのと言われて反論できなくなる。

 いや、反論はできる。しかし、どうも歯切れが悪い気がして納得がいかない。

「それは風紀が乱れるから・・・」

「家族関係が壊れるから・・・」

「社会慣習にあわないから・・・」・・・etc

 私もこの疑問はずっと悩んで、自分なりにやっと辿り着いた答えが「個人情報/プライベート」というキーワードだった。

 まず健康や衛生等の各種問題が解消された上でオープンセックスの何が悪いかと言えば、それは肉体とは別の精神的な側面としての問題だと考えるしかない。じゃあセックスに対する別の意義とは何かと考えた場合に「我々はセックスを通して秘密の共有をしている」ゆえにそれを壊す事に抵抗を感じると解釈できないだろうかと思いあたった。

 そう考えて初めて多くのモヤモヤした事が少し理解できるような気がした。何故に処女信仰みたいなものがあるのか、どうして彼女の昔の男がきになるのか、ヤリマンに否定的な感情をもつのは何故か等である。
 つまりセックスを通じて秘密を共有して、夫婦はそれゆえに閉じられた秘密結社ように固く結ばれる。恋人と二人だけの秘密を共有する事で絆がつよくなる。

 だがこの考えは別にセックスに留まらない。家族や村や会社やもろもろの組織は、秘密を共有する事で成立する。ならば逆に秘密がなくなれば私たちは、その存在意義や所属を失うのかもしれない。



2。マイナンバーという議論の浅さ
 誰かのTweetで確か次のようなのがあった。

「マイナンバーに反対するのは後ろめたい奴だけだ」

 似たような発言を度々見かける事がある。だが逆に個人情報の重要性を説いた発言はあまりない。それはおそらく「個人情報の重要性を説明する事が、そもそも難しい」からだと思う。私も最初に述べたセックスにまつわる疑問を検討した事がなければピンとこなかっただろう。

 私が私である為の情報は実に漠然としていて取り止めがない。恐らくは失って初めて気が付くようなたぐいなのだろう。だがそれが無くなる事に対しては不安がある。1つ無くなるたびに自身が薄っぺらくなり、いつか透明になって存在そものがなくなってしまうかもしれない。それは個人という識別が無くなった(不要になった)世界である。

 それは人を資源や道具とした観点から見た国家や企業からは都合が良いのかもしれない。だが人間が単なる代替え可能な部品としてしか考慮されない世界は、まさに多くの小説などで語られてきた超管理社会(デストピア)である。

 私もシステム屋なのでシステム的な観点から統一のユニークIDが必要であるという意見には理解を示す。だが個人情報を管理するというのは、もっとはるかにデリケートでなくてはいけない。そもそも紹介したTweetのような後ろめたいとかどうとかという次元の問題ではない。


 なので私は逆にこう言いたい。

「秘密があって何が悪い」とね。

 もっとみんな堂々とマイナンバー制度にたいして警戒や反対をしても良いしすべきだと思う。どうも国会議員の議論を見ていると、マイナンバーなんて学生証の番号程度にしかおもってないようだしね。

 ここはしっかりとやらないと、冒頭に紹介した「ハーモニー」のようなデストピアが世界で最初にこの日本で実現するかもしれない。

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