2018年3月18日日曜日

誰もが陥りがちな「世界を敵と味方に分けて考える」こと

 2018/3/18 ついに毎日新聞の世論調査で内閣支持率が33%まで下がった。少し前に森友学園問題に対する公文書改ざんが明るみにでたことにより、今まで官邸が行ってきた答弁がデタラメだと明らかになったからだ。そしてこれを最初にスクープした朝日新聞に追従するかたちで他のメディアもこの問題を広く報道するようになったことで明らかに世論が変わった。
 しかしそれでもまだ安倍内閣を支持している人たちが3割も存在している。これぐらい明らかな政府の問題が次々と出てくる状況では、内閣支持率はもう1桁近くまで落ちるのが妥当な評価だと私は思う。だから正直いって私はまだ3割も支持率があることに不安を感じる。

 ちなみに私の古くからの友人も安倍内閣を支持している1人である。友人と私の安倍内閣に対する評価はほぼ逆で、テーマが政治の話題になると最後はだいたい激しい口論になる。だからといって友達をやめるとかは無いけど  ”なぜに彼が今だに安倍政権を支持するか?” という疑問は頭に引っかかっていて、いずれはもっと理解したいと思っていた。

 同様の疑問で ”ネトウヨはなぜに安倍政権を支持し続けるのか?” という似たような話題はネットでも多く見かける。それに対する意見もさまざまだ。だが単純に ”ネトウヨは馬鹿だから”などと言うのは誤った理解だと思う。これは知能の問題ではなく、まずは情報の問題である。最大の原因は「メディアによる印象操作」に尽きる。
 第二次安倍内閣は第一次の失敗から学び、第二次ではメディア操作に全力をあげて取り組んでいる。また人事権を悪用して、司法界、警察、各省庁などのトップ人事をコントロールすることで誰もが表立って内閣を批判できないようにしてきた。その結果、テレビではNHKも含めて政府に不利な情報はなかなか報道されず、逆に露骨に内閣を擁護するタレントや評論家がゴールデンタイムを占める事が多くなった。彼らは詭弁と講じて批判的な意見を冷笑と共に貶め続けた。

 ”正しいインプットが無ければ、正しいアウトプットに辿りつく事はできない。”

 当然のことながら視聴者は印象操作に流されて政権に疑いを持たなかった。しかしここ一週間ほどで次々と内閣の嘘が明らかになりつづけ、ついには世論も変わった。本来はこれでほとんどの人が内閣を不支持になっていいはずだ。だがそれでもまだ3割も支持している人がいる。私はこの3割を愚かだと切り捨ているのではなく、もっと理解して議論に巻き込むべきだと思う。なぜならば、彼らはきっと特別な人たちではないからだ。(例えば初めに述べた私の友人のように)


 別に私は友人と意見が違っていてもかまわない。支持政党が同じである必要もない。だが私は彼の考えをうまく理解できないことをもどかしく感じていた。理解できそうで分からない。そう言うのもあって時々このテーマを考えてきた。
 繰り返すがおそらくネトウヨは特別な人たちではない。例えば私の友人も(彼はツイッターしないけど)、日常生活はごく普通でむしろ好人物として暮している。

 これはざっくりとした私の感覚なのだが、例えばツィッター上で言えばネトウヨで3割程度はサクラだと仮定し、残りの7割のうち本当にイかれた差別主義者は多くて5%ぐらいだと思う。そして残りは世間で顔を合わせればきっと普通の人だ。
 普通の人(ネトウヨ属性)=ネトウヨ人口 × 0.7  × 0.95  =約66%(きっと普通の人)
 (補足:感覚だけど、噂を拡散する為に必要な3割ぐらいはサクラがいるのではないかと思う)
 (補足:本当にイかれている人というのは、どの世界でも多くてせいぜい5%程度だと思う)

 そういった疑問もあって、たまにネトウヨ的な人(サクラじゃなさそうな人)に質問をして話を聞いてみた事もある。率直に話せば、わりと率直に答えてくれる事もある。だがそれでもやはりお互いの意見が噛み合わないとは感じる。


 お互いの意見が噛み合わずに議論が深まらない理由の一つは「前提知識や情報を共有できない」という問題だ。それはネットに歴史修正主義者拡散したデマが溢れている事も大きく影響している。例えば ”南京虐殺は無かった”  みたいに歴史的な事実の存在すら正しく共有されなくなると話が頭から噛み合わなくて議論に入れない。

 あと一つは今回の記事のテーマである「この世を敵と味方に分けて考える」という思考方法の問題である。
 例えば安倍政権支持者の意見としては、現時点においてであっても今だに”反日勢力が日本を弱体化させる為に内閣を執拗に攻撃し続けいてる。”というような事を述べている。これは現実的に考えればありえない妄想的なものだ。では、どうすればそのような結論や思考になるのだろう?

 私がだんだんと理解してきたのは、どうやら彼らは「まず誰が敵か味方かを決めて、そして敵味方に従って現実を解釈する」という風に考えているようだ。例えばネトウヨは「安倍政権は味方であり、野党や批判勢力は敵だ」という順番で考えている。だからどんなに事実が報道されるようになっても、それは敵側の陰謀であるという解釈になってしまう。
 本来であれば「事実を認識して、そして現実の解釈を行う(その延長として敵味方に至るかもしれない)」となるべきだ。だがまず最初に敵味方を決めてしまうとなると永久に正しい現実の解釈ができなくなる。いつどの時点で敵味方を区別するかによるが、いずれにしろ永久に敵味方が固定すると考えるのは不自然なので、これらは誤った思考パターンだ。

 だがこう書くと ”それはあくまでもネトウヨの歪んだ考え方でしょう?" と考える人もいるかもしれない。だが実は似たような考え方は、わりと無意識的にやっている考え方なのではないか。少なくとも日本ではわりと普通にある。例えば・・・
・「親と子供」「子供と親」を味方とする。(この前提を壊せずに、ハラスメントに苦しむ人もいる)
・「教師と生徒」「部活と部員」など。(自分の所属グループはとりあえず味方をみなす)
・「会社と社員」(会社は別にあなたと敵味方の関係にあるわけじゃない)
・「政府と国民」(日本の場合だとこれも多い気がする)

 この中でも「政府と国民」というのはまさにネトウヨ的な思考である。おそらくネトウヨは「政権は味方で、批判勢力は敵だ」と解釈している。だがそのようにまず初めに敵味方を固定化してしまうと、現在のように政権が汚職などで権力を私的に行使した問題が起こったときに頭を切り替えられない。

 政権の汚職は分かりやすい例だから大丈夫と思う人がいるかもしれないが、これは結構だれもが陥る問題だと思う。むしろ逆に普段から頭を柔らかくするように努力してないとすぐにはまってしまう。例えば会社や学校で、たまたま第一印象がわるかったり、間違った陰口を聞かされたおかげで、ずっとお互いに誤解をしていた・・・なんて人間関係は誰でも経験あるはずだ。ちょっとしたきっかけで、無意識的にあの人は嫌いだ、敵だなどと思い続けたというのはドラマの定番である。
(ドラマなら嫌な奴が実はいい人みたいなサプライズ展開へ行くけど、現実は逆がおおいんじゃないかな?)


 ちなみにこの問題を考えて頭に浮かんだのは、安倍政権の外交政策はまさに世界を敵味方にまず分け・・・という思考パターンの典型だなという事である。トランプへの冷静に考えるとドン引きするような媚の売り方とか、あまり現実的に有効とは思えない中国包囲網とか、北朝鮮は敵だ圧力だと何の考えもなく騒いでいるとか・・・おまえは小学生かと言いたくなるぐらいに世界を単純化しているように感じる。
 これが原因で外交政策がひどく時代遅れで的外れに見えるのだろう。本当は複雑で繊細な外交問題をこのような連中にまかせるのは途轍もなく不安だ。たまにネットで「外交問題山積みだから政権批判を控えよ・・・」みたいなコメント見るけど、むしろ今の小学生みたいな連中はすぐに辞めさせないと、まとまる話もまとまらない。


<余談>
・従軍慰安婦という永久に深まらない議論
 従軍慰安婦問題は敵味方理論で歪められた典型ではないかと思う。海外と日本での議論はどちらが正しいとかいうずっと以前に、違うテーマをお互いに話し続けているぐらいに噛み合ってない。これは日本が慰安婦問題を敵側の理論だと決めつけて、歪んだ解釈をしているからである。
 現在において本来問うべきである従軍慰安婦の意義は ”女性に対する性の搾取をいかにして無くすか” ということに尽きる。海外で多く問われているのは現在我々がどうあるべきかという事で、そもそも歴史を問題にしているわけではない。
 なんせ拗らせている大きなポイントが従軍慰安婦=Sex Slaveという英語を、和訳した際にずれて理解して慰安婦はそもそも性奴隷ではないという反論をしているのだからどうしようもない。
(補足:英語のSex Slaveは女性の自由意志が制限された状態での性的強要を指しており広意義な概念である。だがそれを理解せずに、和訳の性奴隷という言葉に過剰反応するから”お金を払ったから奴隷じゃない”とかずれた話になってる。まるでコント並みのバカげた話)


<参考リンク>
・毎日新聞世論調査 内閣支持率33% 12ポイント減

・慰安婦問題、日韓の歴史「認識」はなぜ対立する? 木村幹・神戸大教授に聞く


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