2018年5月2日水曜日

あなたは「ダーティでも有能な人物」を支持しますか?

1.はじめに
 久しぶりにブログを書く。直接のきっかけはTwitterで「政治家はクリーンで無能なより、ダーティでも有能な方がまし」というのを見たからだ。だがあえてブログを書こうと思ったのは同じようなセリフをこの前に友人が言っていたのを思い出したからだ。その時はお互いに酔っていてすぐに話題が別のテーマに移ったのでそれ以上特に話をせず私も忘れていた。だが今日また同じようなtweetを見た時にこれは案外根深い問題だと直感した。
 「ダーティでも有能が良い」というのはわりと日本人は考えがちなのではないかと思う。だがそれが原因で今ある色々な社会問題を解決する足枷になっているのではないだろうか。そんなことが気になったので改めて文字にしながらこのテーマを考えて見た。


2.「ダーティで有能」というのはどんなイメージか
 まず「ダーティだが有能な人物」あるいは「クリーンで無能な人物」を具体的にイメージしてみるところから思いを巡らしてみる。私が最初にイメージしたのは最近話題になったセクハラ問題の「福田淳一氏」だ。私は正直言って彼が有能かどうかは知る由も無いが、少なくとも報道によってセクハラを繰り返すようなダーティな人物であった事は明確である。では仮に彼が有能であったとして貴方は彼のような人物が自分や娘が務める会社の上司に存在する事を貴方は(あるいは私は)良しと出来るだろうか?

 では次に政治家の例で考えて見る。現在の日本の政治状況でダーティと言えば数々の疑惑を抱える安倍総理がまっさきに頭に浮かぶ。では彼が有能なのかというのはいったん隅に置いたとして、あれだけ数々の利益誘導や虚偽答弁などの不祥事を起こした政治家を国のリーダーとして貴方は(あるいは私は)良しと出来るだろうか?

 私の意見を言えば答えは「NO」しかない。もしも自分や友人の上司であったらと考えると正直言っていやだ。たとえ有能であったとしてもこんな嫌な奴を世の中に放し飼いにしない欲しいとと率直に思う。

 では逆にクリーンで無能とはどんな人だろうか。具体的に誰かイメージできる人はいるだろうか?

 ・・・考えて見たけど実はこれは結構難しい。クリーンなのは確かだけど無能とまで詰られないといけない人間って正直いってすぐに思いつかない。私の知識量に制限されているというのもあるけど、これだけ考えて思いつかないって事から「クリーンで無能って人」は実はあんまり世の中に居ないのかもしれないという気がしてきた。はっきりとクリーンと言い切れるような人だが、無能だと後ろ指をさされるような人物って、あれっ? 本当に思いつかない。

 仕方ないので仮に小説の登場人物ならばとして考えて見た。例えばこういう人物はどうだろう。トップとして人望があり高潔で立派な言われてきた人だが不正に手を貸すのを断り結果的には会社を傾かせる。(もしくは裏切られて失脚するなど・・・) これは小説なんかでわりと良くある古典的なモチーフだ。これならなんとなくはイメージできる。

 でも改めて考えてみると、それって本当に無能とまで揶揄されるような事だろうか? もしも物語に続きがあればどうなるだろう。

 トップが失脚した後の会社は不正にどっぷりと浸かったまま抜け出せず、ついには偽装や改ざんなどの大問題を起こして致命的なダメージを受ける・・・というのがよくありそうな話だという気がする。だがこれはあくまでも物語の中の話であって現実世界で本当の結果がどうなるかは誰にも分からない。だが私はここに話の本質があると思う。

 つまり現実世界で考えれば何をもって有能か無能かというのは判断はとても難しい。そのうえにクリーンな人に対してダーティな人の方が成功の可能性が高いなどというのは、これもあくまでも想像やイメージだけの話であって根拠がない。

 私たちはなんとなく漫画や小説の影響などで、なんとなく悪っぽいダーティな人の方がタフで成功する可能性が高いというイメージを抱いている気がする。でも本当の結末はそれほど単純ではないと私は考える。
 何故ならば短期的には成功したように見えてもいずれは不正がバレて致命的なダメージを受けるというケースだって世の中には沢山あるからだ。(最近だとエアバックのタカタとか、粉飾決算の東芝とかが代表例かな)


3.現実世界は「ダーティで有能」や「クリーンで無能」のどちらでもない
 でも現実社会について詳しく観察すると事はそう簡単ではない。私が考えでは、世の中の大部分を占めるのは「ダーティで有能」や「クリーンで無能」ではなく、むしろ「ダーティで無能」だと思う。そしてそれは社会が「ダーティで有能」というのを許容すればするほどその確率は上がる。

 これは何も抽象論ではない、冷静に考えてみれば当たり前の話だ。ぶっちゃけた言い方をすると「ダーティで有能な人物」というのは、とどのつまりは「カンニングして試験に通るような人物」である。そしてそれは本質的に矛盾している。
 もしも本当に有能ならば、そもそもカンニングなんかする必要はないだろう。またカンニングして試験に通るような人物はズルしているだけなのであって、そこから将来的に良い結果を期待するというのは無理な話だと思う。

 ゆえに「ダーティで有能」などというのは、大抵は「ダーティで無能」の誤りである。そしてこういうカンニングして試験にパスするような連中がもしも居なかったならば、きっと少なくとも有能な人間がもっと増えただろうと期待できる。逆にそういうズルするような人物を社会が見逃すほどに、世の中には「ダーティでかつ無能」な人物が溢れるようになるだろう。

 そしてもう一つ付け加えるならば「クリーンでかつ上位まで上り詰めた人物」は有能である可能性も高いと期待できる。だって彼らは少なくともカンニングなしにトップに上がれるくらいだから有能であることだけは確かだろう。


4.まとめ
 ゆえに私は結論として政治家は「クリーン(でたぶん有能?)」を良しとするのが当たり前であって、「ダーティ(で?)」な人間を良しとするなどというのは非常に馬鹿げた考えだと思う。もしも「デーティで有能」でもいいや、と許容するならば結果としてはほぼ間違いなく「ダーティでかつ無能」な人物を選ぶ事になるだろう。

 ここまで話をすすめてきたが、はたして読者の方々はどう思うだろうか?

 私の感覚だと日本社会は他の先進諸国に比べて「ダーティで(有能?)」を良しとする人は多いように思う。そしてそれゆえに現在は「ダーティかつ無能」な人物がトップに溢れていて社会を停滞させているように思う。

 そしてこの仮説はおそらく簡単に証明できると思う。みんなが自分の目で実社会に目を凝らして見てみれば良い。例えば自分の務める会社や取引先、あるいは政府をよく観察すればいいだろう。

 ちなみに私は概ねこの考えは間違ってないという自信はある。(とても残念なことに・・・)

<補足>「政治家はクリーンで無能なより、ダーティでも有能な方がまし。」のネタ元
 この人のことはよく知らないけど、社会的に立場のありそうな人がこんな発言するのはどうなんだろう。こういった発言は信用に傷や信頼に傷が付いたりしないのだろうか・・・。

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