2019年5月2日木曜日

映画「主戦場」 〜慰安婦像が象徴するもの〜

1.はじめに

映画「主戦場」を見てきた。あまりメディアで大きく取り上げられてないようだが、私が出かけた小さな映画館は立ち見が出るくらい賑わっていた。映画のテーマが慰安婦問題とあって客層は年配の人が多い印象だったが、それでもポツポツと若い人の姿もあった。おそらく口コミできた人達なのだろう。それらを見て、この映画が投げた波紋は静かにだが広がりつつあるような感触を受けた。

2.概要

この映画はミキ・デザキ(日系アメリカ人映像作家)による「従軍慰安婦問題」に対する検証・分析ドキュメンタリーだ。
 映画の特徴はなんと言っても豊富なインタビューだろう。それも訴える側だけじゃなく否定する側も含めて双方にバランスよく話を聞いてる。なのでネットで有名な多くの歴史修正主義者やレイシストも多くコメントしており、見応えのある内容になっている。

<従軍慰安婦問題とは?>

慰安婦問題についてよく知らない人の為に少しだけ大雑把な説明をすると、従軍慰安婦とは旧大日本帝国政府における公的な売春制度である。アジア各地に戦線を広げた日本政府は、前線兵士が住民への危害や暴行を防ぐ目的として近くに「軍慰安所」と呼ばれる売春宿のようなものを沢山つくった。そこで兵士の相手をさせられていたのが慰安婦である。
 慰安婦には日本人もいたが、多くは当時の帝国植民地(韓国、台湾)であり、その大部分が騙されたり強制的に従事させられていたという。現在の慰安婦問題は韓国人の元慰安婦による訴えを元に、主に韓国より問題を明らかにしようという運動が続けられている。それに対して日本の右派ではこの問題をタブーとしてずっと否定および矮小化しようとしてきていた。
 これは日本ではよくあるパターンだが「従軍慰安婦」といかにも高尚そうなネーミングをつけているが、実態は合法的な「性奴隷」制度と呼ばれるような代物である。だが日本政府は過去に問題そのものを河野談話として認めはしたが、それに対する被害者の名誉回復や保証などの公的な対応はずっと拒み続けている。
 だが問題は慰安婦だけではない。慰安婦問題を否定する歴史修正主義者の多くは同時に南京虐殺や731部隊の人体実験等も否定しており、これは日本全体の歴史問題とも繋がっている。

 なお「主戦場」というこのドキュメンタリー映画は次の点で極めてユニークである。
・慰安婦問題の否定論者(歴史修正主義者)への豊富なインタビュー
・歴史修正主義者がよく使う問題のすり替えや歪曲に対する丁重な説明と検証

 映画の大部分は、まず歴史修正主義者の言い分を聞き、次に歴史家などによる反論、加えて監督による解説という構成で進められている。これはシンプルだがとても明快で分かりやすい。まさに痒い所に手が届く感じで、今まで歴史修正主義者がやってきた「どっちもどっち論」の問題点や胡散臭さがよく理解できる。

 なので詳しい事前知識が無くても十分に見て楽しめる映画となっている。

3.映画評・クオリティ

まず映画評として最初に述べたいのは、これはとても丁重に作られた良質なドキュメンタリーだという点だ。時間にして122分と長いがダレる事もなく最後までずっと引き込まれるように見た。つくづく感心するけど、本当に論点や説明などがわかりやすい。
 そして慰安婦像などの表面的な問題だけじゃなく、否定する歴史修正主義者にどのような背景があってどう日本政府が関わってきたのかなども丁重に説明されている。

 何度も登場するテキサス親父や杉田水脈、櫻井よしこなどの著名人へのインタビューも豊富で見応えがある。また否定論者がよく使う「従軍慰安婦の20万人は多すぎる、だからあれはでっち上げた」というロジック等に対しても「なぜ20万人という数字が見積もられたのか?」やその計算や考え方など詳しく説明されている。
<よくある争点>
・従軍慰安婦は性奴隷ではないという主張
・強制連行は無かったという主張
・日韓合意で解決墨という主張
・慰安婦像問題への日本政府の関わり
・教育への影響など・・・

 この映画をひとつをみるだけで主だった疑問は大部分が解消できる。なのでこれはぜひ見て欲しいオススメ映画である。

<補足>

ちなみに杉田水脈は最もインタビューに多く登場して、そのメチャメチャな主張に映画館内に何度も笑いが起きていた。本当に「おまえはどこのパラレルワールド出身だよ?」とツッコミたくなるような発言が多かった。もう単にナショナリストというだけじゃなく現実認識がデタラメすぎ。リアルに「日本が無双(という異世界)」から転生してきた政治家みたいな発言だらけだった。
(ちなみに最後の方で登場する日本会議の重鎮になると、会話の節々からどうも第二次世界大戦で日本がアメリカに勝利した事になっているらしい。さすがに重鎮だけあって歴史修正を極めた内容だった)

4.「国 対 国」ではなく「人権 対 人権」へ

この映画を見て私が感じた最も重要な指摘は、慰安婦問題は「国 対 国」ではなく「人権 対 人権」という視点で考えなければならないと繰り返し述べられる部分だ。
 日本政府や保守論壇の対応は慰安婦問題を「国(韓国,中国,...) 対 国(日本)」の問題だと考えて必死に拒否しようと四苦八苦している。だが実際に慰安婦問題を提起している人々が目指しているのは「普遍的な人権 対 歪な人権」という闘争である。それは過去の慰安婦に対する名誉回復だけではなく、現在につらなる異なる女性蔑視やレイシズムなども含めた幅広い闘争の一部でもある。
 例えばネトウヨが慰安婦問題に対する当てつけとして、よく「ライダハン問題(ベトナム戦争時の韓国軍の性暴力)」を持ち出すが、そのライダハンの問題を追求してきたのも慰安婦問題を追求している人々である。それは彼らが「国 対 国」ではなく「人権 対 人権」と考えているから出来ることだ。
 私はいい加減に日本政府も日本人もそのことを理解すべきだと思う。そしてそれが出来ないのならば、いずれは世界中からレイシスト国家として見放される日がくると思う。
(既に見放されてない事を願うが・・・)

5.「奴隷」の定義

あともうひとつ私が考えさせられたのは「奴隷」の定義である。何度も繰り返されてきた「慰安婦は給与を得たのだから売春部であって奴隷じゃない」という主張がある。だがこれがずっと日本と世界で定義が噛み合っていない。
 世界的な定義では、奴隷とは自由がない状態であって、例えば鎖で繋がれているかどうかや、給与を貰っているかどうかは関係がない。もう少し加えれば、直接拘束されなくても恐怖や権力で自由を奪われた状態も等しく奴隷であると考えている。

 その話を聞いててふと思った。

 「その定義に合わせると、日本は現在も奴隷だらけではないのか?」という疑問だ。

 確かに給料もらう、休日もある、職業選択の自由もある・・・、でも自由が無い労働者が大勢いるのではないだろうか?

 例えば、ある人は激しいハラスメントに耐え続けている。ある人は有給さえまともに消化できずに過酷な勤務に耐えている。またある人は職を失うことを恐れて嫌々ながら仕事に従事させられている。

 最近大きく取り上げられたセブンイレブンの問題はまさにそうだ。セブンイレブンの店舗オーナーは24時間営業という枷を課せられ、体を壊したり家族がメチャメチャになった人もいる。彼らの扱いはまるで奴隷のように過酷ではないのか?

 似たようなものは他にも沢山ある。現在もっとも過酷だと考えられているのが「技能実習生」だ。借金漬けにされたり、安月給の上に激務やハラスメントに耐えなければならない。なかには福島原発で事後処理をさせられていた者までいる。

 これらは今の日本では合法かもしれない。だがまさに「主戦場」で問われている奴隷問題と同じではないのだろうか?

 日本人は「奴隷」である状態に慣れすぎてるからこそ、慰安婦の様な人達(痛みを抱える人々)への共感を失っているのではないだろうか?

 大げさに聞こえるかもしれないが、私はこのインスピレーションはおそらく正しいと思う。日本は徐々に民主主義的な社会から、貴族が支配するような封建社会へと退行している。映画でも指摘されていたが、歴史修正やレイシズムの影には明らかに封建社会(戦前の大日本帝国時代)への回帰願望がある。

 もしも私たちが慰安婦問題をきっかけとして、「人権」に目覚めなければ、やがて私たちもまた奴隷として使役されるかもしれない。あるいは世界中から知性の通じぬ野蛮人として袋叩きにされる日が来るかもしれない。

<参考リンク>

映画「主戦場」公式サイト